超ミネラル農業家 上田 岩雄 について

筆者:合同会社土和竹香 代表社員 古川 寛

上田さんがなぜミネラルを使用するに至ったのか。これについても触れておきたいと思います。

上田さんが農業に携わり始めたのは、農業学校を卒業後の18歳のころ。両親の手伝いをしつつ、農業を覚えていくこととなりました。特別な農法ではなく、一般的な慣行栽培をしていましたが、特に疑問もなく、数年間は過ごしていたそうです。

しかし、ある野菜を栽培している時に、ふと気になったことがありました。「作る方は毎日農薬を撒いている。食べる方は毎日同じ野菜を食べるわけではないから、たまにしか口に入らないのだろうけど、これは蓄積されたりしないのだろうか」。この疑問から農薬を使用しない栽培法への興味が生まれました。そこから発想が大きくなるのは今と変わらず冒険家なところ。農薬を使用せず安定栽培をするにはどうすればいいのかを考え、大規模な野菜工場を作るのがいいのではないかと結論付けました。
思い立ったら即行動の上田さん。資金面のこと、場所のことなど、様々な人に相談しましたが、周りの反応は芳しいものではありませんでした。その状況では始めることはできず、今までの農業を続けることとなりましたが、他のやり方への興味は留まることはありませんでした。
しかし、どういうやり方が良いのかわからずに悩んでいたところ、知人の紹介で、農薬を使用しない農業を実施している方と出会うこととなりました。そして、その方との話の中で、それまでの自分の考えであった野菜工場の話をしたところ、きつく怒られしまう結果となりました。しかし、怒られた中で言われたことがどうにもしっくり来てしまい、かえってその方に興味を持ってしまうのが上田さんらしいところ。邪険にされたにもかかわらず、次の日にはもう一度話をきちんと聞かせてほしいと訪ねていったそうです。しかし、相手の方もそう簡単には折れてくれません。その日から上田さんは時間があればその方のところに通うことになりました。最初は突っぱねていたその方も数週間後には納得してくれて、上田さんに話をしてくれることになりました。上田さんにとって師匠と言える人との出会いでした。
師匠からは、自然との付き合い方、植物との向き合い方をはじめ、人間としての成長に繋がることまで、たくさんのことを教わったそうです。

こうして農薬を使用しない農法を取り組んでいくこととなるのですが、それだけで終わらないのが上田さんの良いところ。自分の知らない農法に、良いやり方がたくさんあるのではないかと、他の農法を調べ始めます。「小さなころは外で遊ぶのが大好きで、本なんて読まない子供だったが、大人になって調べたり知ったりする喜びを覚えると本を読むようになった」とのこと。
様々なやり方を知ってはすぐ実験、を繰り返したようですが、なかなかこれというやり方には巡り合えませんでした。そんなときにある方の本を読んで、そこに出ていたミネラルの話にピンときたそうです。そこから今度は農業に会うミネラルを探す試行錯誤が始まります。塩水での実験は大失敗、にがりはましだったが作物による向き不向きがある、などなど、実験結果は思わしいものではありませんでした。そんな時、ミネラルを使うことで身体の調子が良くなった、と友人が話しているのを耳にしました。これだ、と感じた上田さん。そのミネラルのことを深く調べていくうちに、丁度のそのミネラルの説明会が熊本であることを知り、気づいたら申し込みを済ませていたそうです。

その説明会自体は、身体にとっての働きや役割を紹介する内容だったそうですが、来場者への質疑応答の際に上田さんは手をあげました。「このミネラルは農作物に使えますか」。会場からは失笑も漏れたそうですが、壇上からは「もちろんです。むしろ農業にこそ活用してほしい」との返答がありました。その後、主催者と連絡先を交換し、後日試験を行ってみることとなりました。使用量の参考もないので、すべて一からの手探り状態。幸い大きな失敗はなかったものの、よりよい分量を見つけるまではかなりの試験をしたそうです。

こうした経緯から上田さんはミネラルを使用した農法を確立していくこととなります。とても苦労したし、凄いものだから「超ミネラル農法」だそうです。

そして今でもさらにいいものがあるかもしれない、と様々な勉強会やセミナーに参加されています。このあくなき追及心があったからこそ生まれたのが「超ミネラル農法」であり、上田さんだからこそたどり着けた道なのではないかと感じさせられました。